BLACK MARIA 公演評

October 12, 2015

 

批評家でありダンサーでもある長谷川六さんが、『 BLACK MARIA 』の公演評を「ダンスワーク」に書いてくださいました。音楽舞踊新聞7月号掲載の批評に加筆修正がされています。
以下、季刊 「ダンスワーク」2015秋号より転載

薄暗い、シアターXの、なにもしつらえていない舞台に、女性が突如現れる。何もない暗闇から突然人間が見えることの、驚異あるいは恐怖を抱かせる登場である。
 
舞台公演を見に行くということは、予告された日時にそこに行き、どのような作品と出会うのか、それは何を自分にもたらすのか、どのような時間を過ごすことができるのかを期待しつつ開演を待つのだが、15分という作品の上演時間に制限を待つ、彼らが出演したこの企画では、15分で時間がぶった切れる感じで彼らの登場を待つことになる。そして少し長い交代時間だな、と感じさせたその時はすでに睦美は舞台にいたという仕掛けなのである。
 
睦美は、白っぽいガウンを羽織り、直立し、または歩きを入れて動く。もやっとした空間にやっと人がいると感じさせるのみだ。それはほんの数分のことだが、直立する人体の、解き明かすことができない存在が不安を感じさせるようになったとき、上手から寧呂がいざりながら出てくる。
背中に突起があり、知名度の高い小説を想像するに容易な在りかたである。
寧呂の存在が認定されたその時、直線の指令を受けたかのように睦美はルルベをする。直立したままの状態から全く腕を動かさずにおこなったルルベは、バレエの持つ優雅さなどみじんもなく、恐怖の支配者の存在を感じさせ、かすかに始まるパ・ドゥ・ブレがその雰囲気に拍車をかける。
2者の関係がそこで見えてくる。
睦美は大きく腕をあげ、マントをひるがえしながらパ・ドゥ・ブレをつづけ、おりてまた爪先立ちに帰る。寧呂は常に地に近く、中央にあっても重厚な空気をまとい飛翔とは無縁な身体を晒す。
征夷するものと征夷されるという関係が観客に理解される。
しかし、その関係はそれだけではなく、人間関係のさまざまな風景が見える。睦美はほぼ直立、爪先から頭のてっぺんに巨大な針が刺さったようにまっすぐで、寧呂は塊であり続けた。しかし、その関係は甘く暖かい。
2人が抱き続ける、切っても切れない運命的な関係がそこで演じられる。特別に情感を演じることもないのに、たっぷりした切れない結びが、甘く切ない作品だ。

睦美・寧呂は、大野慶人に師事した。睦美はバレエ出身、寧呂はオーガニックマイミストでもある。
多言語的な展開を予想させるこの作品は、2人のそれぞれバックグラウンドを背景に、2者の関係がさらに融合するとき、世界に広がる舞踏に一石を投じることになるだろう。
彼らが出演したシアターX+Ttt IDTF共同企画『TRY TO THE IDTF』は、先にも述べたが15分という制約がある。そして、彼らの上演作品の前後には、彼らとは全く異質なダンスが披露される。
舞踏にとってはいわば悪条件だが、不思議にそのシステムからの影響が無い。おそらく、かれらの重厚な表層の経験、そして屹立する睦美の身体、岩のように寡黙さを演じきった寧呂の身体が表出する甘い時間が見せる技なのだろう。

2015年5月13日、シアターX

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